早速計画倒れ

11月になってしまった。

去年足が痛いままフルマラソン大会に出た後、完全に痛みを治そうと思い、練習を止めてしまってから一年たった。

当時よりは痛みが少なくなったが未だに蹴り出しの際に足首に痛みがある。だけど来年春のフルマラソン大会に出たいので練習計画を立てた。

今月から練習を再開しようと思い練習計画を立てたが今日は雨が降っているし寒い。走りは休み。早速計画倒れになってしまった。

今は練習に入る準備期間だし足はまだ痛むのでまあいいか。

 

先月の走行距離:96.86キロ

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:0キロ

 

連続参加途切れた

入院していた義兄を9月23日から毎日見舞っていたが、10月8日に帰らぬ人になった。10月9日納棺に立会い、10月10日通夜式、10月11日葬儀に参列した。70歳にして逝ってしまった。裸一貫で事業を起こした人だった。酒を飲んで熱弁をふるう人だったが病気が見つかってからは静かになってしまっていた。

足の痛みと、それによる練習不足のため10月9日の100キロマラソンを走らなかったが、無理に参加していたら色々とまずいことになっていた。不参加を選んだ判断はいろいろな点で正しかった。

今回不参加だった100キロマラソン、次回は2年後の体育の日の3連休中に開催だけれど、そのころに義兄の三回忌法要が行なわれると思うので、次回も参加できないかも知れない。第十回までは連続して参加していたのだが。

昨日の走行距離:9.73キロ

本日の走行距離:9.52キロ

今月の走行距離:19.25キロ

お金のない私

入院中の義兄の容態が悪く血圧計に数値が出なくなったと昨日の午後遅く義姉から電話が入った。義兄は八月の末に入院し、それ以来ほぼ毎日、私と妻とで見舞いに行っていた。昨日は午前に見舞いに行ってきたが呼びかけても反応がなかった。一昨日は呼びかけると僅かに頷いて目を見返してくれていたのに。

考えてみると私の身辺には良くないことが2004年以来起き続けている。それまでは安寧な毎日を送っていたのに。当然、満足できる走りができなくなったのもその年からだ。

不幸に囲まれた毎日を送っていると順調な生活を送っている人々の言説の中に傲り、自惚れ、慢心を感じ、そういう人たちから距離を置いてしまう。それ以前に、お金のない私にはそれらの人々にお近づきになることなどできないのだが。

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:0キロ

不参加メール

くびき野100キロマラソン事務局に、今回の大会に参加できない旨メールを送った。今回は参加費無料だったのに。

足の故障で全然練習してないし故障したまま走ったとしても完走できないうえに、故障の治りが先になると判断し参加を諦めた。

無理をすれば走れるかもしれないと思うほどの痛みになってきたが練習をしてないので走れたとしてもせいぜい50キロまでだろうな。

来春のマラソン大会に出られるよう早く足、治ってくれないか。

 

先月の走行距離:55.84キロ

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:0キロ

マラソン大会には縁がない

一昨日は右足首がそれほど痛まないので10キロ程走ったがその後またもとのように痛みが激しくなった。10月9日の100キロマラソンに参加料無料招待をされているが痛みもあるし練習もしていないので参加を諦めるしかないようだ。この状態では完走できるはずがないし右足をさらに痛めてしまうかもしれない。

怪我をしてしまい更に貧乏になってしまってから思うことは、マラソン大会は五体満足でお金に余裕のある人々のためのものだ、ということだ。今の私はマラソン大会には全く無縁だ。

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:55.84キロ

引き籠っていることとの違い

いつの間にか9月になってしまった。先月の走行距離は62.16KMだった。走ることを我慢して右足首の痛みの回復を優先したが大して変わりがない。だけどほんのわずか良くなったような気もする。

9月1日は10KM程走った。しかし「さて走りに出かけようか。」と思っても、「足の痛みを我慢しながら中途半端に走るよりも走らないほうが結果的にはいいかな。」という結論になり走らないで家でゴロゴロすることになってしまう。三日間走ってない。

走らなければ他には家の外に出る用がないので引き籠っている。金があれば外に出ていろいろ遊べるんだろうが不幸なことにそんな金なんかない。

今のところ飢え死にをしない程度の収入はあるので生きてはいるがこういう生き方はどういうものかと思ってしまう。とはいえ金があって外に出たところで金を消費できるというだけで、だからどうなんだという思いはある。引き籠っていることと何の違いがあるんだという思いはある。

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:10.07キロ

オリンピックが終わってしまった

 右足首痛みを治療するために通っていた接骨院には8月10日を最後に行っていない。痛みが無くなるとはとても考えられない治療の内容なのでもう行くのはやめにした。代わりにアキレス腱の付近を氷で冷やしている。このほうが効果があるようで歩く分には歯を食いしばって痛みに耐えなければならない程ではなくなった。昨日は痛みはあるものの10キロ程ごくゆっくりではあるが走れた。昨日からカーフレイズも始めた。

ブログを更新しない間にオリンピックが終わってしまった。私は普段テレビを見ない男だがマラソンが好きなのでオリンピックの5000m,10000m,マラソンをテレビで見た。どこの国の選手が速くてもレースを見ていれば面白いのだが、女子のレースの解説者の喋りを聞いていると面白みが半減した。競技に無関係なことをしゃべりすぎる。何人兄弟だとか中学時代は何部だったとか喋っていたが耳障りなだけだ。そして日本人選手を過大評価しすぎる。日本人選手ならだれでも「いいですよ、いいですよ。」では解説にならない。アナウンサーが一人でしゃべってくれれば十分だった。

今回なんといっても面白かったことは、複数回のオリンピック代表選考レースで選ばれた日本の代表選手達にくらべて、一回のレースでオリンピック代表に選ばれたアメリカ代表選手達の方が圧倒的に良い結果を出したことだった。日本は6人の代表選手中入賞者は0人、対してアメリカは6人の代表選手中入賞者は5人。男子入賞者は2人でその内1人は銅メダルを獲得している。そしてこの2人は自己ベストをこのオリンピックで記録した。銅メダルを取った選手はこのオリンピックが2回目のマラソンレースだったとか。

日本も一発勝負でオリンピックマラソン代表を決めていればアメリカ並の成績を出せたとは決して言えないが、日本が一発勝負でオリンピックマラソン代表を決められない理由の一つとして「アメリカはマラソンのレベルが低いので一発勝負で決められるが日本はレベルが高いので一発勝負では決められない。」とは今後言えなくなった。

とはいえ問題は代表をどうやって決めるかではなくどうやって世界レベルのマラソンランナーを育てるつもりなのかということだ。「速い選手ばかりでだれを代表にしたら良いのか困ってしまいます。」という状況になったら選考方法で悩めばよい。遅い選手しかいなくて選考方法で悩むのなら悩んでないで代表を出さなければよいのだと思う。

本日の走行距離:0キロ

今月の走行距離:54.86キロ